北海道から日本海を見ました。今日の目的は達成です。今、苫前町の豊浦バス待合所の中にいます。
(10分後)
おじさんが入ってきて話してました。何を言っているか聞き取るのが難しかったので、分かったときだけ多めに返事しときました。
今日は北海道の中央部(道央というらしい)から海岸へ向かって走ったわけですから、ほとんど下り坂でした。とはいっても途中いくつか越えなければならない峠があったので、その話をします。
士別を出発して最初に越したのは学田峠(230m)。標高からして大して厳しくない峠でした。次にあった西士別峠(160m)なんかも、学田峠を下っていく途中で一つ山なりの道を上っただけで、何でもありませんでした。
そこからしばらく走って幌加内町で手打ちそばで有名と地図に載っている霧立亭でそばを食べました。ちょうどテレビでグッチ裕三がテレフォンショッキングのコーナーでタモリさんと話していたので12時15分ごろだったと思われます。ここでそば食って元気をつけたのがまた大正解。というのもここから先54km、海近くの町に出るまでは本当に何の売店もなかったからです。
元気が出たところで、店から8km先にある、今日一番高い峠、霧立峠(380m)を目指しました。さっきたった160mの峠を「下りて」きたわけですから、そのときは百数メートルくらいのところにいたわけです。ついつい宙を見上げて、あそこまで自転車で上りなさいと言いたいのね、と嘆きました。でもそばのおかげで一度も歩かずに行けました。
さて、走りながらいろいろな考え事をするわけですが、特に現走行速度から目的地到着予定時刻や対向車の相対速度、過去30分間の平均速度、また同距離の平坦地と山道(峠)での走行時間差などを割り出したりしています。で、今日はちょっと違った推理をしてみました。
さっき述べたように、今日越えた峠は高いもので380m、低いもので160m、その高度差実に200mを越えます。おそらく標高160mなんてのは地図に載っている峠の中でも最も低い峠の部類に入るでしょう。また380mの霧立峠を越えて以降約50kmの間に峠は一つも記載されていません。そこから2つのことを考察しました。
1.160mなんて小さな峠が地図に載ってるのに、霧立峠、苫前間には峠は載っていない。すなわちほとんど大した峠はこの間ないと思われる。
2.逆にいうと、峠とも言えない山なりの部分がたくさんある、デコボコ道であると考えられる。
確かに僕の推理は正しく、海に出るまで何度も上り坂がありました。(当然っちゃー当然だけど。)
こう何度も峠を越えていると、昔の人々にとって峠とはどういう存在だったのか、また「峠を越す」という慣用句の本当の意味といったことを実感してきました。まず峠とは、山と山の間の谷にあります。そして道の中で最も高いところをいいます。左右を見れば一番低く、前後を見れば一番高いところです。つまりy =xの二乗のグラフと、y=-zの二乗のグラフの交点Oです。(さあ、あなたはこの立体曲線グラフが描けるかな?)峠にたどり着くまではずっと上り坂です。時間がかかります。体力も使います。苦しいことばかりです。でも峠に着くと、急に景色がよくなります。先が見えてきます。峠に立って遠くを眺めていると、「峠を越す」とはこんな意味だったんだな、という気がしました。また、途中には道路開通記念碑や、何々峠という古い看板がありました。昔の人にとって今以上に道は大切な存在だったんだと思いました。
584円 おにぎり、ジュース、カロリーメイト
650円 手打ちたぬきそば
1039円 弁当、茶、パン、バナナ

Friday, July 11, 2003
27日目 士別~苫前 日本海!
at
12:03 PM
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